第1章 1
「ちゃん....」
わたしを呼ぶ下野さんの声に、わたしはハッとして目を開けると握っていた手を離し深々と頭を下げる。
「ご、ごめんなさい、思わず手握り締めちゃって...あの、えっと....下野さんなら絶対大丈夫ですから....自信持ってください....」
しどろもどろに言いながら、わたしは恐る恐る下野さんの顔を見上げた。
下野さんは、私を見つめて優しく微笑んでいた。
「ありがとう。ちゃんにそう言ってもらえて少し緊張がおさまった。頑張るね。」
下野さんが舞台に向き直り、胸に手を当てて大きく深呼吸をした。
出番だ。
下野さんが私を振り返る。
「見ててね」
ひと言そう言い残し、下野さんは前に向き直り、一瞬目を閉じた。
目を開いた時には役に入ったのか、今まで緊張に若干震えていた下野さんは、もう、どこにもいなかった。
スタッフさんの合図と共に足を踏み出した下野さんの後ろ姿を敬愛を込めて見送った。