第1章 1
あっという間に日々は過ぎ、舞台初日を迎える。
最後の調整にスタッフ一同、朝早くから大忙しだった。
「おはようございま〜す、よろしくお願いします」
午前9時を回った頃、元気な声と共に下野さんがいつもの笑顔で周りのスタッフに挨拶しながら現れた。
元気よく大股でそのまま楽屋へと入って行く。
なんとなく気になって彼に姿を目で追っていると、楽屋のドアを閉める瞬間見えたその横顔は、不安に押しつぶされそうなのか、今にも泣き出しそうに歪んで見えた。
心配になったが、下っ端のわたしには下野さんの楽屋にすら近づけない。
ひたすら走り回って自分の仕事をこなす他なかった。
幕が上がる直前、下野さんは衣装に身を包み舞台メイクで舞台袖に現れた。
その顔は緊張にこわばっていた。
若干震えているようにも見えた。
わたしは下野さんの名前付きのお水のボトルを手に取ると、そっと彼に近づいた。
「下野さん?」
「!?」
背後からそっと腕に手をかけると下野さんの体がビクリと震えた。
「お水、いりますか?」
「あ、ありがとう、口の中カラカラだ」
ストローで一口水を口に含んだ。
「緊張でさ...ぶっ倒れそう...情けねぇな...」
水のボトルをわたしに返しながら、下野さんが自嘲気味に笑う。
思わず手を伸ばして彼の手を握った。
その手は冷たく小刻みに震えていた。
その冷たい指先を温めるように、わたしは両手で下野さんの手を包み込む。
「大丈夫....大丈夫....下野さんなら絶対大丈夫....」
ぶつぶつと呟くように唱えながら念を込めるように目を閉じて下野さんの手を握りしめた。