第1章 1
「あ...いえ、わたしはいつもお茶だけなんですけど。朝はバタバタしちゃって食べないことが多いです。」
「そうなんだね、でも朝はできるだけちゃんと食べた方がいいよ。朝抜くのは体によくないよ。ヨーグルト一口だけとか、フルーツとかだけでもお腹に入れておいた方がいいよ。今日は?今日もそれだけ?」
下野さんが心配そうにわたしの手元のマグカップを目で指した。
「はい、朝食べると胃が痛くなっちゃうことが多くて...とりあえず、ミルクティーだけとかのことが多いです」
「そうか....ん〜、じゃぁ、はい、これ食べて」
下野さんが自分のお皿からデザートがわりに付いてたクッキーを一枚取ってわたしに差し出した。
「甘いものなら食べられるかもしれないでしょ?このくらいの大きさならお腹痛くなることもないと思うし。はい、食べて」
にこっと笑って、クッキーをわたしの口元へと持って行く。
戸惑いながらも口を開くと、下野さんがクッキーをわたしの口に差し込んだ。
下野さんの指先が一瞬わたしの唇に触れる。
AEDでショックを与えられたような衝撃が胸に走った。
思わずカウンターに顔を突っ伏したくなる衝動を辛うじて堪える。
クッキーにむせ返りそうになり、慌ててミルクティを一口口に含んだ。
そんなわたしの動揺を知ってか知らずか、下野さんが軽く笑って食事を始めた。
「もうすぐ本番だねぇ...俺大丈夫かな...」
「大丈夫ですよ、下野さんは」
ゆっくりと咀嚼しながら不安げな表情を浮かべる下野さんはなんだか幼く見えた。
「下野さんは大丈夫。本番に強いし...周りはだれも下野さんに不安を感じてる人いないですよ?」
「ホントに?....だといいんだけど...」
「大丈夫ですよ、自信持ってください」
「....ありがとう」
力強くそう言い放つわたしの言葉に、下野さんが嬉しそうに、照れたように微笑んだ。