第1章 1
リハーサルを朝早くに控えたその日、わたしは現場近くのcafeでゆっくりミルクティを飲んでいた。
朝、時間に余裕ができたので、いつもより早く家を出てきたのだ。
リハーサルも始まり稽古も大詰め。
本番が間近に迫っていた。
いつもは下野さんを中心に笑顔が溢れている現場も、ここ最近はさすがにピリッとした空気が流れていた。
今日も頑張ろう。
まだ湯気を立てるカップを口に近づけゆっくりとすすった時だった。
「ちゃん?」
聴き慣れた、大好きな声が背後から聞こえて来て、思わず咽せた。
「ごほっごほっ....下野さん!?お、おはようございます!」
慌ててナプキンで口元を覆いながら立ち上がる。
「あぁ、ごめんごめん、ビックリした?脅かすつもりじゃなかったんだけど」
下野さんがトレイを抱えて申し訳なさそうに小首を傾げた。
「おはよう、ちゃんも朝ごはん?俺も一緒していい?」
窓際のカウンターに座るわたしに横にトレイを置きながら、優しい笑顔をわたしに向ける。
トクンと胸が高鳴った。
「名前...」
「ん?あ、ちゃんなんて、馴れ馴れしかった?ごめんね、みんながそう呼んでるからつい...」
「あ、いえ、全然そう呼んでくれて大丈夫なんですけど...名前覚えてもらってることにビックリして...」
「できるだけみんなの名前覚えたいと思ってるんだけど、さすがに関わってくれてるスタッフさん全員とはいかなくて、申し訳ないんだけどね」
下野さんがそう言いながらカウンターの椅子を引いてそこに腰を下ろした。
「ここのモーニングがうまいって聞いてさ。ちゃんもよく食べにくるの?」
思わず緊張に固まったわたしを気遣ってか、下野さんが優しい微笑みを浮かべて親しげな口調でわたしに問う。