第57章 五/夏/七/甚/直 妊娠しないと出れない電車-漆-
「それじゃあ電気消すぞ」
スイッチの位置が近い伏黒さんが明かりを消し、静かにレールの上を滑走する音だけが聞こえる。
快適な寝心地とは言えないけど固い床で寝るよりはいくらかマシだ。
… … …
ここは夢の中だ。
たまに眠りが浅い時にみる夢をみる感覚。
「…っ…」
辺りは真っ暗で目が開けられず、わき腹から背中にかけて生ぬるい生き物が這ってくる。
それが耳の裏まで上ってきてぐっと意識を振り切るが、近くに人の気配はない。寝た時と同じ真っ暗な電車の中だ。
…気持ち悪い夢だったな。
半身だけ体を起こし、手探りで床に置いた靴を探す。
何となく喉が渇いて近くのトイレの洗面所には向かわず、二両目の扉に手をかけてみると「あっ…」となんと奇跡的に扉が開いていることに気が付く。
「一両目も淡い照明だったらなぁ…」
二両目の車両は電気を消しても真っ暗にはならない。
伏黒さんと二人きりの時に気付いたのだが車両扉を閉じてしまうと音も通さなければ光も通さない。
真っ暗闇で見えるのは電光掲示板の流れる文字だけ。
「はあ」
細長い溜息を漏らすとガチャッと音がする。
「一人で出歩いたら危ないで。なまえちゃん」