第5章 雨の後
「どうだ、アームストロング少佐」
手に付いた血痕を拭うヒューズさんは静かに中佐に尋ねる。
中佐もまた静かに「間違いありませんな」と答えた。
「"奴"です」
「"奴"……?」
何かを知っているかのような口ぶりに首を傾げる。
「傷の男(スカー)って知ってるか?」
「いえ……初めて聞きました」
「素性がわからんから俺達はそう呼んでる」
ヒューズさん曰く、素性どころか武器も目的も不明で神出鬼没。
額に大きな傷があるらしいということくらいしか情報がないようだ。
今年に入ってから国家錬金術師ばかりが殺され、中央で5人、国内だと10人殺されているという。
「東部にもそのうわさは流れてきている」
「私は初めて知りました」
「君は兄弟の護衛をしていたからな。知らなくて当然かもしれない」
「………いや、教えてくださいよ」
大佐のことだから忘れていたとか、そんなところだろうけど。
まがりなりにも私は軍人なんだからそういう情報は教えて欲しい。
しかも殺されているのが、国家錬金術師というならなおのこと。
エドワードくんも狙われる対象じゃ……。
そこで私ははっと気が付いた。
大佐はまだ気が付いていない。
今この場で気づいたのは私だけだ。
大佐の命令もないのに、勝手に持ち場を離れるのは違反だ。
だけどこうやって悩んでいるうちに彼らの命が危険にさらされている。
自分の息が浅くなって手足の先が震えているのが分かる。