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私が嫌いな私なんて○したっていいじゃないか(短編集)

第7章 今度は貴方の隣で…


「な、なんで急に…」

『よくよく考えてみれば合奏は聞いた事ありますけど、貴方の「音」として聞いたことは一度もないって気づいて…

友達なのに引退する前に聞かず仕舞いなのは何か…あれな気がして…
後は、只の音楽好きの我儘ですよ』




僕はもう一度自分の相棒を見た。本当に…”これ”を手にすることは、
ないんだ。

遊夢ちゃんがもし見つかったら私が怒られますから。と付け足していたが、そんなものを心配する前から、もう僕の心は決まっていた


そっと吹き込み口に唇を付ける






((~♪




『これは…』



パウデルト作曲 「有名なアリア」


トロンボーンのソロ曲としても有名なこの曲は僕等のパートの普段の練習曲として使われていた。もうしばらくは吹いていない筈なのに指と息は自然と続く。あれだけ死に物狂いで練習してたんだ、忘れる筈がない


と、暫く黙って聞いていた遊夢ちゃんがピアノに指を重ねた



技術は相変わらず流石と言うしかなかった。

でも、ただ一つあの時と違っていたのは…




遊夢ちゃんが柔らかい表情をしていた事。

まるで我が子を見つめる母親のように一つ一つの旋律を奏でる彼女に、僕は一瞬見入ってしまった。







そうか、それが、君の音楽を愛する時の顔なんだね。








あの時、僕は少なからず嫉妬の念を持っていたんだ。
浅野君の隣に立つ君は、友達として誇らしい事なのに、何故か心の底では喜べない。卑怯な奴だと悲しい目で見ていたと思う

それはきっと、遊夢ちゃんが僕といる時みたいに本当の表情をしていなかったから。そして、その隣にいるのは僕でありたかったから。



それが、今の彼女の顔で分かれた気がする











「(遊夢ちゃん、ありがとう)」


ねえ、もうこうやって君と演奏することはないのかもしれないけど……
次は、僕が君の傍にいて良いかな?
もっと知りたい。いつそんな風に固い表情が緩むのか





僕の思い出は、高揚感は、音と共に少し冷たい秋空の空気に溶けて消えて行った
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