第2章 弐
ある早朝のことだった。俺は任務から帰って来たところだった。その女性がこっそりと裏口から出て行く姿が見えた。
その時の彼女の姿は俺の心臓を早鐘にした。
整えきれていない乱れ髪に、少し皺の付いた着物。そして剥げ掛けた化粧に紅だけはしっかりと引き直したらしき姿はあまりに艶めかしかった。
俺が思わずその姿に見入っていまうと、その女性は俺に気が付いたのか、一瞬頬を朱く染めると小さく頭を下げ、そのまま小走りで去って行った。
その姿はどう見ても、昨夜たっぷりと情を交わした女の姿だった。
俺は父を信頼していた。幾ら酒に溺れてしまったとはいえ、父が一番愛しているのは亡くなった母であり、その母の為に貞潔を守るものだと思っていた。
その一方で彼女の去りゆく姿からは、外見の色香とは裏腹に存外控えめな女性であることが窺えた。
あまり口数の多い女性でもなさそうだった。父と一体どんな会話をしているのだろう、とそれだけが非常に気になった。
ふと思った。
あれだけ似ているとなると、彼女はもしかして母の縁者かもしれない。そして一晩中母の思い出話でもしていたのではないか、と。
父とあの控えめそうな女性がふしだらな関係を持っている訳がない。あの早朝見かけた姿は何かの間違いだ、と自らに思い込ませることにした。