第1章 少女、理不尽を知る。
『恐れながら、将軍様。他国文化を受け入れる姿勢を見せるだけなら、結婚は必要無いように思いますが…』
「その理由については、神子に聞いてください」
八重宮司に任せたという事は、実質的に八重宮司がこのプロジェクトの提唱者なのだろう。
「話は以上です」
雷電将軍が去っていく音を聞いた後、姿勢を崩した。目の前には八重宮司がニコニコして立っている。
「結婚の理由が聞きたいのであったな?」
『は、はい。そうですが…』
「理由は…」
嫌に勿体つけるな、と悪寒が走る。
『理由は…?』
「その方が良いからじゃ」
そんな事だろうと思った。それだけの理由で片付けられたく無いのが本音だが。
「詳しい事は追って妾から話そう」
『は、はぁ…』
「では行きましょうか、薫?」
『…そうですね。神里家当主様』
意地でも名前で呼びたく無かった。その想いと裏腹に向こうは私を名前で呼んでくる。稲妻城を出ても隣を歩く事をやめてくれない当主。
「昔のように、名前で呼んではくれないのですか?」
『昔の話でしょう。今は立場を弁えていますから』
彼の目を見たく無かった。明確に嫌いとわかる人の目を見るのは、この歳になっても無理なままだ。
「これからの手続きについて話し合いたいのですが」
『構いません』
「ではこちらに」
稲妻城の門から出て、大通りからすぐに逸れる。もう一本逸れた道にその茶屋はあった。
「どうぞ入ってください」
『えっと…ここは確か、神里家が認めた人しか入ってはいけないと聞いた覚えがありますが…』
「私が認めているので問題ありません。次からはこの招待状を持って入ってください」
当主が招待状を袖から出して手渡してきた。綺麗な赤いリボンが巻かれている。
『何で招待状を持ってるんですか…』
「…さあ?」
『さあって…』
良いように受け流されている気がする。昔からこういうところは変わらない。
「お茶を用意しましょう。座っていて下さい」
『いえ、私がやりますから。当主様こそ座っていて下さい』
こいつにお茶なんか淹れさせたら何ができるかわからない。昔それで泡を吹いたこともあるので、絶対に同じ轍は踏みたく無い。
「あなたの割には、抵抗しませんでしたね」
『知ったように言わないで下さい。言っても無駄だと思っただけです』
「ふふ、そうですか」
嫌な笑みだ。この笑みは苦手なまま。