第1章 誘う一線、捕まった花心 / 豊臣秀吉
「じゃあ、そろそろ行くな」
「あ……」
秀吉さんがゆっくり立ち上がる。
帰る、帰ってしまう。
この後宴もあるし、晴れ着を着たり色々準備があるのは解っているけれど……
私は秀吉さんの後に続いて立ち上がり、気がついた時には秀吉さんの羽織の裾を掴んでいた。
「どうした?」
「あ……か、かっ……」
「蚊?」
『帰らないで、傍にいて』と言わなければ。
出来るだけ女っぽく、秀吉さんを誘うように。
そうしなければ、いつまでも私は妹のままだ。
なのに、上手く言葉が出てこない。
想いは溢れそうなのに、喉元で詰まってしまう。
とても苦しいほど。
(なんで、私ばっかりこんなに必死なんだろう)
秀吉さんが好きで好きで、堪らなく好きで。
秀吉さんは違うのか、私ばかり好きでどうしても繋ぎ止めたくて。
────なんか、切ないよ。
「帰らないで、傍に、居て……っ」
一生懸命絞り出した言葉は震えていた。
瞬時に涙まで溢れて、まるで小さい駄々っ子のようだ。
大失敗、もっとちゃんと誘うように言わなければいけなかったのに。
それなのに、次々に涙は溢れていく。
そんなぐしゃぐしゃの顔でも、必死に秀吉さんを見つめた。
それは私なりのプライドだったのかもしれない。
「……くそっ……」
すると、秀吉さんが小さく呻いて、そっぽを向きながら自分の前髪をくしゃりと掻き上げた。
その後、返ってきた榛色の視線は……どこか熱を帯びていて。
(え……?)
ふわりと抱き締められたのは、そのすぐ後だった。
頭と背中に回った大きな手は、すぐさま引き寄せるように力が込められ、苦しいくらいに抱き竦められる。
「ひ、でよ……」
「妹以上には見ないようにしてたのに……ああもう」
「っ……」
「そんな顔されたら、止まれなくなる」
掠れた声が耳をくすぐり、ぞわっと腰から痺れが這い上がった。
─────刹那。
「んっ……!」
噛み付くように唇を塞がれる。
その瞬間から、もう秀吉さんしか見えなくなっていった。