第1章 みにくいあひるの子 …池のほとりで♥️
「池では鮭やマスは無理なんだよお母さん………」
がっしりとした四本の足。
羽毛ではなく白い毛に覆われた体。
クチバシは無く牙の生えた歯。
彼はしばらく自分の姿を池の水面に映して眺めていたが、苦々しげに首を横に振った。
「前々から思ってたけどこれさ、どう考えてもアヒルじゃ」
「オオカミさん、かわいそう!!!」
「わあっ!!?」
葦の茂みの際に立つ池の畔に、木こりらしき服装を身に纏った女性がバサアッと顔を出した。
「ごめんなさい。 ここでお昼寝をしてたら会話が聞こえてきて。 いじめられてるのね!? 貴方はこんなに可愛いオオカミの子なのに」
木こりは涙をポロッとこぼし、両の手を伸ばしてアヒルをぎゅっと胸に抱きしめた。
「ちょ、く、苦し」
鼻先がぽよぽよとした柔らかい胸の谷間に押し付けられ、息苦しさが鼻先を締め付けた。
アヒルが少し身体を動かしてみたが、それでも離れる気配はない。
(ええと。 でもなんか、いい匂いだ)
そしてグスグス鼻をすすって泣いてるこの人は、おれのために泣いてくれてるんだろうか? 彼は感動して木こりが泣き止むのを待つことにした。
「町で以前、悪いアヒルに赤ちゃんオオカミがさらわれたらしいってウワサを聞いたの。 貴方だったんだね」
「そうなの? どうなんだろう」
「そうだよ。 貴方、楽に餌を取れるからって、利用されてるんだよ」
「………分かんないんだよね」
木こりは彼がそう呟いたのに不思議に思い、彼から体を離した。
すると、あら不思議。
オオカミの姿をしたアヒルの子は、人間の少年の姿に変わった。
「え、えっ!??」
「おれも自分で理解出来なくって。 アヒルなのかオオカミなのかそれとも人間なのか」
ぽかんとして彼の顔を見つめる木こりから涙が引っ込んだ。
「だからね。 どんなでもおれを必要としてくれるんなら、ここで生きていくのも悪くないかなあって」
彼は淡々と話し子供のくせに諦めたような大人びた表情をした。