第10章 マッチ売りの少女…12月31日♥
(マッチが売れなかったら、またお父さんに叩かれるわ…)
サラが唇を噛みしめて通りを渡ろうとした、そのときだった。
向こうから一台の馬車が、ものすごい勢いで走ってくる。
「ああっ!」
サラは雪道に倒れ込み、危機一髪、馬車を避けた。
「気をつけろっ! ひかれたって知らないぞっ」
御者はちっともスピードを落とさずに、少女を怒鳴りつけながら去って行く。
サラは、避けた拍子に、靴が両方とも脱げてしまっていたことに気が付いたが、マッチの入ったかごも傍に無かった。
必死になって探していると、最近聞き慣れた声が耳に届いたのでサラは眉を寄せた。
『マッチなんて売ってないでさあ、オレらとイイコトしようぜ』
こんな商売をしていると、そんな風に少女が見知らぬ男性に話しかけられることはままある。
今まで、『い、いいえ、結構です………』と断り、その場からすぐに離れるか運が良ければ、親切な人が助けてくれて何とか事なきを終えてきた。
しかし。
「ねえねえ。 僕と悪いことしようよお」
数日前から彼女がどこにいても、どこからともなく現れ、こんなことを言ってくる青年に、サラは戸惑っていた。
彼は変わった外見をしていた。
一見身なりはいいが、櫛を通してなそうなボサボサの頭といい。
「あ、あなた何なんですか…あっ、私の靴!」
目の下に隈でもありそうな、不健康そうな顔をしたその青年は、ニヤニヤと気味悪い笑顔を浮かべながら、サラが脱げた靴を手に持っていた。
「靴を返してください」
サラが裸足で青年の元に駆け寄ってお願いした。
彼女の話を聞いているのかいないのか。
青年は何も答えを返さずに、少女が届かない、高い位置に靴を掲げてサラを見下ろしている。
「あの、それ…」
サラは地面の冷たさに足をすり合わせた。
薄く雪の積もった歩道は凍えそうだったので、サラがか細い声で必死に訴えるも。
「ふふふ………っ」
青年は舐めるようにサラを見て、ますますニタアと笑うだけ。
それは意地悪というよりも、なにかを堪えているような、堪えすぎていっそ苦しいとでもいうような…やはり不気味としかいえない表情だった。