第9章 閑話シンデレラ…舞踏会編♥♥
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口を塞がれていて良かったとアンナは思った。
………それとも良くなかったのかもしれない。
元のようにしんとした室内に、上階からの微かな笑い声が響いてきた。
薄曇りの月明かりからもれる蒼い陰影が室内を寒々しく彩り、乱れて湿ったベッドだけが狂おしい情事の跡を生々しく残していた。
「………初めてだったわ。 自分の体があんなに感じるなんて」
(私の肌に濃く残る、咬み痕…かしら?)
ひりひりする余韻を冷ますためにシンデレラと距離を置いて、アンナは今の思いを率直に彼に伝えた。
薄暗い中にシンデレラの肩が見え、そこに細く走るいくつもの引っ掻き傷は、きっと自分が付けたもの。
(こんな綺麗な身体に、申し訳ないわ)
無言で髪を掻き上げたシンデレラに恥じ入った気持ちになり、視線を逸らしていたアンナのぼやけた視界に、男性らしく盛り上がる肩から胸の曲線が目に入る────直後、至近距離に彼の美術品のように整った顔が割り込んできた。
「俺も最高だったよ。 何なら朝まで抱き合いたいほどに」
ふ、と何かが解けたみたいに軽く微笑み、ベッドの隣で寝転んでいる彼の指先が、ゆるりとアンナの髪の束を小さく梳いた。
「………っ」
今さらのようにアンナの顔が熱くなる。
それを誤魔化したくて、おどけて下からシンデレラの顔を覗き込む。
「そんなことを誰にでも言うの?」
「もちろん言わない」
彼が真面目な表情で言うので、クスクス笑っていたアンナの声が先細りになり、
「また会えるかな」
シンデレラの問いに笑いをひそめた。
「………ごめんなさい」
「理由は」
「好きな人がいるから」
間を置かずにアンナは言った。