第1章 1
川島が身体をずらし、ゆっくりと横に向かい合った。
かしこまったように貴女と呼ばれ、深い海のような眼で真っすぐに見つめられ、お嬢様は動揺しながらも視線を受け止めた。
「逃げないで、乗り越えたかったからです。貴女と一緒に。今、置かれている立場にも環境にも。口で言うほど簡単でなく……お互いに辛い道かもしれませんが」
お嬢様は再びハッとなり、頭をガツンと殴られた気がした。
川島は闘おうとしていた。
この先、ふたりの関係に降りかかるであろう状況と。
それに引き換え自分は何なのだ。ふたりで逃げることしか考えていなかった。考えてこなかった。
川島がなんとかしてくれるだろうと、自分の問題から目をそらしていた。
お嬢様のショックを知ってか知らずか川島が続ける。
「確かに、逃げるのもひとつの道でしょう。ただ、それをしてしまえば貴女と私はきっと」
本当には幸せになれない。
哲学者のように冷静な声で言ったあと、お嬢様の手を両手にとった。
「ですから申し訳ありません。今、逃げることは私にはできません。ふたりで本当の幸せを掴みたいから」
きっぱりと断言され、お嬢様はふいに澄み切ったような心持ちになった。
川島の言う「本当の」という意味について考えた。
本当の。本物の。
心の底から感じられる真の幸せとは──。
お嬢様は決意した。
「川島の気持ちよくわかった。一緒に闘う。どんな未来になるかわからないけど、川島と一緒に」
「お嬢様……」
川島がお嬢様を胸に抱き寄せた。
「あまりにも限界がきたら、そのときは逃げましょう」
「今度こそ逃避行してくれる?」
「ええ。お嬢様を攫って宇宙の果てまで逃げます」
ふたりで静かに笑い合う。
川島が体勢を変えて上に覆いかぶさってきた。