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キミヲ、サライタイ。

第1章 1


お嬢様はもう一度、川島の耳に唇を寄せて小声でありがと、と囁いた。

耳を赤くしながら川島が遠慮がちに言った。

「そんなお礼なんて。私の仕事ですから」

「仕事じゃなければ?」

「──どういう意味です?」

答えになっていないと言いながら、お嬢様は川島の上になり端正な顔を両手で包んだ。

知的な眼差しで見つめられる。

「私と川島が今の立場じゃなくて、ただの普通の恋人同士だったらって話」

おとなしく下になり、されるがままになっている川島の眼がクッと真剣になった。

束の間、沈黙が流れる。

「お嬢様、本当に仰りたいことは何ですか。オレに何を言わせたいのですか。お心の一番奥にあることだけを教えてください」

お嬢様はハッとした。

川島と、このまま普通の恋人同士になりたい。
お見合いなんてしたくない。
この主従関係や環境から逃げ出したい。
川島に攫って逃げて欲しい。

身勝手な気持ちを隠したまま、あいまいな質問で川島から答えを引き出そうとした。

一番欲しい言葉を期待して、それを聞けるよう誘導するつもりだった。

──卑怯だ、と思った。

川島が本質を突いてくれなければ、延々と回りくどい質問を放って、困らせていたに違いない。

とてつもない自己嫌悪と恥ずかしさに、勝手に涙が溢れてくる。


瞬きをしたと同時に、雫が川島の頬へ雨粒のようにポタポタと落ちていった。

川島が何も言わず、お嬢様の背に手を回し頭を自分の胸に引き寄せた。

慰めるようなやさしい動きに、ますます泣きたくなる。

お嬢様は温かい胸に頬をつけたまま、声を詰まらせて答えた。

「川島に……言って、欲しかった。一緒、に…逃げようって。それで…っ、一緒に暮らそうって」

まるで神父に懺悔しているようだと思っていると、やさしく髪をすくように撫でられた。

「オレだってそうしたい」

ポツリと川島が言った。
独りごとみたいだった。

「貴女を愛した時から、何度考えたことか。それでも思い留まったのは、口にしなかったのは──」
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