第1章 1
ライトアップされたブリッジが見える景色のいい場所でエンジンの音が止んだ。
ふたりでデッキに備え付けられたベンチに座り直す。
テーブルには川島が用意したシャンパンが、アイスボックスに差し込まれグラスも冷えていた。穏やかな海風を感じながら乾杯する。
「お嬢様の酔いが回る前に釣ってしまいますね。一匹も釣れずにお嬢様のお腹を満たせなくなっては困りますから」
「釣れるポイントで停めたんでしょ?」
それはそうですが、といって微笑んだ川島が釣り糸を海面に垂らした。
なにか願掛けでもしているようにジッと釣竿の先を見つめている。その真剣な眼差しと整った鼻梁に見惚れながら、お嬢様はグラスを傾けつづけた。
魚が釣れなくとも、川島を見つめていればそれだけで酒の肴になると思った。
酔いが回り始め気持ちよくなったところで、ふざけて川島に抱きつこうとしたが邪魔になるので留まった。
お嬢様自身もなにかに集中しているときに、邪魔が入るのは好きではないから。
あまり時間も経たずに呆気なく1匹めが釣れた。
川島が手慣れた仕草で素早く針を外し、魚をクーラーボックスへと放り込む。
難なく2匹、3匹と釣ったところで川島が笑った。
「これでお嬢様に満足していただけそうです。すぐに捌いてお持ちいたしますね」
「ありがとう。捌くところ見ててもいい?」
「あまり気持ちのよい光景ではありませんので、私としてはお見せしたくはないですね」
言葉の裏に、新鮮なうちに集中して手早く捌きたいという意を感じ、お嬢様は素直に頷いた。
川島がやさしく微笑み、お嬢様の頭をひと撫ですると下に降りて行った。
ひとりきりになったお嬢様は、浮いたような思考であらためて幸せを噛みしめていた。
穏やかな波に揺られ風を感じ、遠くには宝石を散りばめたような街の灯りが見える。
夜のドライブで必ず寄るブリッジも、いつもと同じ姿でそこにいる。
やさしい川島も、いつもと変わらず傍にいる。
すべてが穏やかだった。
その穏やかさが、お嬢様にとっては何よりもかけがえのない幸せだった。