第1章 1
「ありがとう、川島」
「とんでもございません。私としても、今夜が楽しみで仕方なかったのですから」
川島は言って顔を赤らめながら、お嬢様の気がすむまでおとなしく撫でられつづけていた。
オレンジの光に包まれ、ほんのりと潮の香りが室内まで漂ってくる。
お嬢様の美しくしなやかな指で、髪を弄ばれ同時に愛でられる。目と目で愛を交わしながら。
最高に至福の時だ、と心の底から感じた。
離れていくお嬢様の指先に、名残惜しそうに絡む自分の髪に同情しつつ川島は言った。
「暗くなり次第、さっそく夜釣りに行かれますか?それとも少しお休みになられますか?」
「すぐに行こ!早くお魚食べたい」
「ふふ……かしこまりました」
ただいまのチューを忘れてた、と言ってお嬢様が川島の唇に軽くつつくようなキスをした。
可愛い仕草に心臓がキュッと縮むのを感じながら、川島もキスを返した。
「おかえりなさいませ……お嬢様…、ン」
「ん……、は…川島…」
つい深く激しくなってしまいそうになるのを、理性の力で押しとどめ川島は唇を静かに離した。
もっちりと柔らかく血色のよいお嬢様の唇に、自分の唇が間際まで吸いついてようやく完全に離れた。
お嬢様の指先に絡みついた髪のように、唇もまた離れがたいのだと思った。
ふたりで釣り道具やデッキでくつろぐための準備をしていると、丁度よい時間になり川島が離船するためエンジンをかけた。
このクルーザーは2階のデッキからも操縦ができる。
お嬢様は助手席に座り、操縦する川島の端正な横顔を盗み見た。
サラサラで張りのある漆黒の髪が、風を受けて気持ちよさそうになびいている。
潮風でベタついた髪を、あとで一緒に洗い合いっこしたいと思った。
キリリとした眉毛も洗ってあげたい。
いつのまにか横顔をジッと見つめてしまっていたようで、視線に気づいた川島が照れたように笑った。
「私の顔ばかり見ていてもつまらないでしょう。ほら、橋が見えてきましたよ」