第2章 ゼロ距離
私の言葉で彼女の導火線に火がついたことは間違いないだろうが、目をギラつかせた彼女が私に近付いて何をしたいのかわからないため具体的な対応もできずに接戦が続く。
ジェスが私になにか仕掛ける時はいつも唐突で、どうしてそれをするに至ったのが実に難解であった。
今までの経験則から考えるに、この状況もきっとその一端に違いない。
私がジェスになんらかの反撃をするのが先か、ジェスが私を捕まえるのが先か。
ひりついた空気が頬を掠める。
負けられない戦いがそこにはあった。
・・・しばしの沈黙。
隙間風が私たちの前髪を揺らす。
「やぁーー!!」
「!!」
沈黙を破ったのはジェスだった。
机という名のウォールマリアに乗り上げるという禁じ手を使い、そのまま私の元へ飛び込んで来る。
すかさず私はそれを横に避け、脇と腕の間に穴を作り体制を万全にする。
「あっ!」
計算通り、彼女がその穴にすっぽりと入る。うつ伏せの体を脇に抱えている状態だった。
驚いた声のジェスが私の腕から逃れようと手足をばたつかせたり、体をぐねぐねと動かす。が、男の私に敵わないと悟ると、無駄な抵抗を辞めぐったりと手足を投げ出す。体の力が抜けて全体重が私の右腕に掛かっているはずだったが、まるで乾草を持ったかのように軽すぎて今度は私が驚いた。
「下ろしてくださいぃ……」
「危ない行動を慎むと約束してくれたらな」
「机から飛び降りてすみませんでした」
「よろしい。」
彼女の腹に回していた手をぱっと離して解放する。
ヴッという短い悲鳴がしてから、よろよろと彼女は私に背を向けて立ち上がった。
こんなに細い身でアクロバティックな動きばかりするものだから、多少口うるさくなってしまっても仕方ないだろう。
小さく丸まる背から落ち込んでいるような雰囲気を感じ取る。そんなに強く叱ったつもりはなかったんだが…。
「どうした、やっぱり怪我でもしたのか?」
心配になって彼女の目線に合わせて俯く顔を覗き込む。途端、窓の外で鳥の大きな羽音がし、気を取られて振り向こうとした所を、両頬を小さな手で挟まれて阻止される。視界に入った絹糸が、ジェスの前髪であったことに気づいたのは数秒後だった。