第5章 ■香水
「それと、悪いんだけど。この資料をモブリットのとこまで届けてくれるかい?」
唐突に出た名前に胸が高鳴った。
「わかりました!」
「香水は3回押すだけでいいからねー!」
「はい!」
ハンジさんにもう一度敬礼すると、私はその場を離れる。
「……さぁて、どうなるかね。フフフフフ…」
その場に残った分隊長が怪しく微笑んでいるとも知らずに。
*
石造りの壁に付いた燭台を頼りに廊下を歩く。
窓からは濃紺の夜の闇とたくさんの星が一望できた。どうやら今日は新月らしい。いつもより夜を深く感じる。
副長の私室付近にたどり着くと、少し離れた場所で先程貰った香水を3回吹きかけてみる。
木造の扉越しに振りかける音が聞こえてしまったら、気合い入れてるって思われちゃうから恥ずかしい。いや、実際そうなんだけれど。
……なんだか不思議な気持ちになる匂いだ。
甘いお酒のような、濃い匂いの花が敷き詰められた場所のような。些細だけど、ちょっとでも女の子らしいって思って貰えたらいいな。
深呼吸して早まる鼓動を落ち着かせると、ドアを3回ノックした。
「夜分に失礼します!第四分隊所属、ジェス・ナイトレイです!」
「入れ」
「失礼します」
私たち一般兵とは違い、来客が頻繁な分隊長や副長は執務室と私室が分けられていると教えてくれたのは副長だった。自分の部屋に仕事関連で何度も人が来れば確かに落ち着いて寝られないなとその時は納得したものの、副長はどちらの部屋でも寝られるためにあまり意味は無いのだと笑っていた。因みに執務室では机で寝るそうだ。
そんなふうに睡眠環境が充実していない副長の、貴重な時間を邪魔してしまったんじゃないかと思っていたけれど、当の本人は隊服のまま机に向かっていたので驚いた。確か先輩たちの訓練が終わったのは日が落ちる前だったはず。副長はそこから深夜までずっと書類をやっつけていたのだろうか。