第3章 My Honey
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壁にかけた鏡で何度も前髪を確認して、服にシワがないか、変な臭いはしないか、などなどを入念にチェックする。そんな私を見て笑った母にぶうたれながら、借りた口紅をポンポン唇に乗せていく。
いつもは何も塗らずに乾燥しがちな唇が色付いたことに非日常を感じて心臓の鼓動がうるさくなる。
「マイスイートハニー、これも付けてみなさいな」
「もう、私子供じゃないんだから、そんな呼び方やめてよ」
「私から見れば、いつまでもあなたは子供よ。ほらかわいい」
そう言われて髪に花を付けられる。
小さい頃からハニーだのパンプキンだの甘ったるいあだ名で呼ばれていたので、この歳になってもそう呼ばれるとなんだかむず痒くなってしまう。私も子供が出来たらこんな気持ちにさせるのかもしれない。
訓練兵に志願したモブリットを見送って3年。手紙でやり取りすることはあっても、文字だけじゃモブリットの思ってる半分……いやそれ以下しか気持ちが伝わって来なくて、待っている間は早く会いたいという恋慕ばかりが振り積もっていた。毎日毎年そばにいたから、こんなに離れていると心にぽっかり穴が空いたような、大事な半身を無くしたような気分だった。
家の扉がノックされ、やっと来たかと零して走り寄る。おめかしした私を見て、モブリットはなんて言うかな?子供の時みたいに顔を真っ赤にするのかな?大人っぽく綺麗だなんて言うのかな。
「はーい!」
扉を開けた私は広がる光景に目を見開いた。
聞こえてくる声が全て自分の目の前では無い遠くで話されているようだ。
入り込んできた風のせいで、髪に差していたドライフラワーが床に落ちてしまった。