第3章 My Honey
モブリットは私の父を大層尊敬していた。
物心ついた時からすでにこの壁の中の生活に嫌気が差していたらしい彼は、調査兵団の兵士である父に憧れていたのだ。
「いつか俺もお前の父さんみたいな兵士になって外の世界を見に行くんだ」というのは、父さんが死ぬまでのモブリットの口癖だった。
「はいジェスちゃん、いつものね。今日もおまけ入れといたから、モブリットと一緒に食べちゃいなさい。お母さんには内緒よ」
「うん!いつもありがとうネーナさん!」
「ありがとうございます」
「いいのよ」
モブリットの手を掴んで逃げるようにその場から走る。笑顔を作るのに慣れてしまったのはいつからだっけ。
父が壁外調査で死んでから、痛いくらいにみんなが優しい。
片親になって生活が厳しくなってからは、小さな町特有の助け合いに何度も助けられている。それなのに、心のどこかで苦しく思うことがあって、そんな時は何も言わずにモブリットの手を繋いで歩いた。
町の知らない人も、八百屋のネーナさんも、役所の人もモブリットのお母さんも、みんな優しくて。
あの子は可哀想だから助けてあげなきゃって口を揃えるのだ。
「ジェス!痛いよ」
「あ、」
気が付くとお互いの家の前までたどり着いていたが、手を強く掴みすぎていたらしく、ぱっと解放する。
「ごめん。大丈夫?」
「平気。今日もおばさん遅いの?」
主婦だった母は朝から晩まで出稼ぎに出るようになった為、いつもの調子で聞かれる。
「うん。そしたらうち来て、これ一緒に食べる?」
食材の入った紙袋から、貰ったおまけを出して見せる。
「やった!欲張って全部食うなよ?」
「食べないよ!」
「あはは!じゃあ水汲んでくるよ」
「うん」
早足で井戸へ向かう姿に手を振ると、モブリットは昔から変わらない顔で手を振り返してくれる。とくんと鼓動がひとつした。
私の前で父さんの話はしてこなくなったものの、以前と変わらないモブリットに、私は恋をしていたのだった。