第1章 無題
「先生、教えてください。私は、両親と妹がいますか?」
先生は驚いた顔をした。
「何か、思い出した?」
明らかに動揺した様に先生は私に聞き返す。
「思い…出してはいないんですが…。」
私は最近見る夢の話を話した。
「なるほど…。勉強している君を囲む人達…か。いつも同じ人数なんだね?」
「3人です。私の右側には眼鏡をかけた中年の男性が腕を組んで立っていて、左側には女の子が私の机に肘をついてニヤニヤして私を見てる。1番私が怖いのは、椅子の真後ろに立って私の頭を押さえつけてくる女…。」
一通り話し終えた私を見つめる先生は悲しい目をしていた。
そんな先生の顔をじっと見つめ、私はまた口を開く。
「私は、彼らが家族なんじゃないかなって思うんです。」
先生は少し考えたあと、ゆっくりと答えた。
「君の推測は合っていると思うよ。ただ僕は、君が全てを思い出した時、また君が壊れてしまわないか…それだけが心配だ。」
言い終えると、先生はくるっと振り返り、「じゃあこれで。」と退室した。
ドアへと向かう先生の背中に私は「ありがとうございました。」と呟いた。
先生が言った「私が“また”壊れてしまわないか」とは一体どういう事なのだろう。考えてみれば、精神科病棟に拘束される状況だったくらいなのだから、それなりの何かがあったのは間違いないはずだ。
入院して3日も経つというのに誰も面会に来ないというのもおかしい話だ。
誰かに連絡しようにも入院した初日から携帯電話が見当たらないためそれも叶わなかった。
病室にはテレビもないため、世間の様子も耳に入ってこない。
私はただ病室から、満開に近づいていく桜の木を眺めるしか無かった。
入院して10日が経った。最近の私の日課といえば桜の木のスケッチだ。
窓際にパイプ椅子を置き腰をかけ、スケッチをしているとドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。金子さん、体調はどう?」
櫻井先生が私に問いかける。私は振り向きながら「いいですよ」と笑った。
「また桜の絵を描いてたんだ。もうすっかり満開だね。」
「これくらいしかやることが無いので…。」
私はそう言って苦笑した。
「すごく上手に描けているね。もし良かったら色鉛筆を持ってこようか?塗り絵もできていい暇つぶしになるかもしれないよ。」
先生がからかうように言った。
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