第1章 ご主人様と猫。猫のお話。
「失礼致します」
先まで悠に話し掛けていた人間は、鎖を引いて口を一文字に結び、悠に対するそれとは異なる丁寧な口調で室内に入る。
「お持ちしました」
華美すぎない落ち着いた調度品の並ぶ広い室内。
扉が開けば、大きな窓で意外にも明るい部屋だった。応接室に相応しく、部屋の真ん中にはローテーブルと大きなソファが向かい合わせにふたつ。
そこには黒スーツの男性と、先の派手なピンクの髪の男性が向かい合って居た。
顔を上げ、此方を見たその人。
綺麗に染められたウルフカットの髪が揺れる。間近で見ると、長い睫毛が際立ち、口元には左右に菱形に似た傷があるがそれでも綺麗な整った顔をしているのが分かる。
黒スーツの男ーー売人は立ち上がり、こちらに、と係の人間に告げる。悠は軽く鎖を引かれて歩み出た。
「此方で間違いありませんか?」
「ああ。ソイツだ」
悠を買った男性が、机に置かれ、既に数字が書き込まれた小切手を差し出した。机ひとつ挟んで、黒スーツの売人が受け取る。
「確かに、受け取りました。では、今領収書をーー…
「ンな証拠が残るもん、いらねェだろ」
「そうですか。では」
売人の男性も慣れているのか、軽く受け流す。