第3章 陽の当たる場所
しばらくすると、イルカ先生は給湯室から戻ってきた。二つ分の湯呑みがお盆に載っており、その一つを私の机に置いてくれた。
温かな湯気が湯呑みから立ち上っている。私たちは、他の先生からの差し入れのお饅頭をお茶菓子にひと休憩した後、また机に向き直った。
何故かイルカ先生は、すぐには帰らなかった。まだ少し残務処理があると、机に立てかけてある冊子を取り出して何か書き足している。
他の先生方は出払っており、ここに残っているのは二人だけだった。静かな職員室に、カリカリと私が紙に書き記す音が流れた。
程なくして、イルカ先生と話をしたのが良かったのか、はたまたひと休憩したのが良かったのか、授業計画はある程度まとまった。今日予定していた仕事は、思いの外早く片付いてほっとする。
「ふぅ。何とかまとまりました!」
私は計画書をトントンと机の上で揃えて、引き出しにしまった。
すると、隣のイルカ先生も開いていた巻物を巻き直し、着ているベストの胸の部分に差し込んだ。そして、こちらに振り向いて微笑んだ。
「ああ。良かったですねぇ。俺は約束があるんで、これで上がります」
仕上がりを待ってくれていたようで、イルカ先生は頃合いを見て、椅子から立ち上がった。
「…すみません。私の仕事に付き合わせてしまったみたいで。約束の時間、大丈夫ですか?」
約束、と聞いて少し慌てる。当たり前のように隣にいてくれ、すっかり安心しきってしまっていた。イルカ先生が誰かとの約束に遅れでもしたら、と急に心配になった。
「いえ、そろそろだと思うんで。実はナルトの奴と、これから『一楽』へ行くんですよ。掃除が終わったら、ラーメンおごってやるって約束しましてね」
「あ、さっきの悪戯の件ですか」
「そうなんです。ナズナ先生も帰りますよね。もう最後だし、俺が戸締まりしますから先に出て下さい。途中まで一緒に行きましょう」
職員室に残っているのは、私たちだけで他の教員たちはもう戻って来ないようだった。必要があれば、皆鍵を開けて入るだろうと、イルカ先生は鍵を手に立っている。
「それなら、お願いします。私、外で待ってますね」