第2章 アカデミー

翌日の夕方。私はアカデミーの職員室にいた。


「ナズナ先生、どうしたんですか？」

自分の机にノートや資料を広げて、鉛筆を走らせていると不意に声が掛かった。

顔を上げると、同僚のイルカ先生がいた。生徒の名簿を手に朗らかに笑っている。

少し目尻が下がった優しい顔立ちの人だ。肩にかかるほどの黒髪を、一つに無造作にくくっている。鼻の上には一文字の古い傷跡。

「イルカ先生…随分遅かったですね。生徒たちはもう帰ったと思いましたけど」


私はくノ一教室を担当しているのだが、今日の授業はすべて終わり、生徒たちは一時間程前にもう帰っている。男の子たちの教室を担当している彼の授業時間も概ね同じはずだった。

イルカ先生はその言葉に、照れたように笑った。

「いやぁ、ちょっと……」

彼は言葉を濁しながら、指で鼻の頭を掻いている。その袖口に目をやると、赤い色がついていた。どうもペンキのようだ。

「あれ？袖口に何かついてますよ」
「ああ…。はは、生徒の悪戯の後始末をしてましてね。まったく、アイツには手を焼きます」

右袖の汚れを確認しながら、イルカ先生は苦笑した。

「あ、ああ。もしかして、ナルト君ですか？」
「ええ、そうなんですよ。また火影岩に上って…懲りずに落書きを」

溜息をつきながら、イルカ先生は自分の机に腰を下ろした。彼の席は私の右隣だ。


ナルト君。
イルカ先生の担当する生徒の一人で、うずまきナルトと言う。

彼はアカデミーでは結構有名な生徒だ。悪戯小僧としてと、主に大人たちしか知らない理由で。

イルカ先生は、殊更このナルト君に手を焼いていて、彼の悪戯の後始末をよくしている。彼を追いかけての怒声や説教は日常茶飯事で、教員の中ではよく知られていることだった。

イルカ先生は、優しく面倒見の良い先生で生徒の皆に好かれている。それでも、このナルト君は別格で、こうして怒りながらも一緒にラーメンを食べたり、話を聞いたりしているのを見かける。それは、授業の後や休日のことだ。


そのように一人の生徒と真摯に向き合える彼を、正に教師の鏡のようだと、私はひそかに尊敬している。