第39章 隣
私は一旦自宅へと戻り、買い求めた物を自分の部屋に置いた。戸棚に仕舞い込んであった一本の巻物を手に、また部屋を出る。
もう日没近かったが、母はまだ帰っていなかった。戸締まりをして、よく口寄せの修業で訪れた演習場へと向かう。
*
所々にと木々が生えている場所で、平地が多い演習場だ。周囲を見渡すと、夕焼けで地面も赤く色づいている。この時間では、自主訓練をする人もいなかった。
私は巻物を開いて、中に収めていた物を取り出した。山積みになった陶器の壺に、籠に入った果物だ。
蜂蜜二十壺に、りんご三十個。
それをかき集めるのに、結構な時間が掛かってしまった。それ故、あれからふた月も経っている。
(約束が随分遅れちゃって、怒ってないかしら…)
ちょっとした疑問が浮かび、しばらく考えこんだ。私の後ろに長い影法師が伸びる。すぐに日没がくるだろう。
相手からの催促は今のところなかったから、まだ許容範囲なのだろうかと、私は意を決して右手の親指を嚼んだ。血がしたたかにじみ出す。
「口寄せの術!」
地面に手をつけて、チャクラを注ぎ込む。白い煙と共に現れたのは、小熊が三頭。と言っても大きさは成獣と変わらない。
不思議そうに鼻を鳴らす小熊たちに、蜂蜜の入っている壺を指差してお願いする。
「これを黒王に届けてくれる?」
壺に近づき、ふんふんと匂いを嗅いだ後、彼らは頷くような仕草をした。
「遅くなってごめんなさい。でもとても感謝してたって伝えてね」
そう言うと、彼らは壺と籠を抱えてまた姿を消した。
(いつか、報酬抜きで口寄せ出来たらいいなぁ)
そんなことを考えなから、家路についた。