第39章 隣
それからふた月が経った。
気が急いて、思わず何通も手紙を送ったが、テンゾウさんからの返信はなかった。
今まで知らなかったときは、心配ごとの中心は自分自身の態度にあったけど、所属を聞いてからは危険な任務を想像して不安になった。
(何かあったんじゃ…)
落ち着かない気持ちを抱えたまま、私は日々を過ごした。朝夕ベランダを眺めては、届かない手紙を待つ。
最終的に痺れを切らして、そわそわと動き出すのは私だ。結構せっかちなのだなと気付いて、何だか可笑しくなった。
*
ある日、私は商店街を歩き、文具店へと足を運んだ。
「こんにちは」
「ああ。ナズナ先生、いらっしゃい」
ノートに巻物の用紙、鉛筆に筆、墨などを買う。封筒と便箋を手に取り、少し考える。様々な模様や色のものに交じって、桜色のものがあった。
「それ、新しく仕入れたものだよ。綺麗だろう?」
「抄(す)いた紙ですか?本当に桜の花片(はなびら)みたい」
「そうそう。一つどうだい?」
数枚がセットになったもので、しばらく使えそうだった。自然と好きな人の面影が目に浮かぶ。
「これももらおうかな……」
ぽつりと呟いてその色にじっと目を落としていると、おじさんが近付いてきた。
「そういえば、今日彼はいないの?」
「え?」
「ほら、こないだ来た彼。仲良くやってるかい?」
歯を見せてにっかりと笑う彼に、私は苦笑いを返す。
「もう、おじさんたら。まだそんなんじゃないですよ」
「なんだい。俺はてっきり、もう恋仲かと思ってたよ。先生、随分ご執心だったじゃないか」
「それはそうなんですけど。ちょっと、連絡が取れなくて…」
はぁ、と思いの外大きな溜息が出る。
「おじさん、見かけてないですよね」
「いやぁ、ここんとこ見てないなぁ」
「ですよね……。もうちょっと、待ってみます。あの人、すごく忙しい人だって分かったんです」
私のあからさまな落胆を見て、彼は困ったように白髪頭をぐるっと手で撫でた。
「そうかい…。先生、元気出しなよ。その内ふっと会えるさ」
おじさんは商品を紙袋に手早く詰めて、こちらに差し出した。
「はいよ。毎度あり」
「うん。おじさんありがとう」
私はそれを受け取って、笑顔を作った。
店を出てから戸口から振り返って、頭を下げる。おじさんが受付カウンターで手を振っていた。