第39章 隣
イルカ先生は組んでいた両腕を緩めて、真剣な眼差しでこちらを見た。
「ナズナ先生……ああいう緊急時には、俺たちにも声をかけて下さい。子供たちを何としても守りたいと思う気持ちは、皆一緒ですから」
ニッと笑った後、彼は椅子に座り直した。作業を始めるのか机に向かう。
「……はい」
机の前に立ててある日誌を手に取り、イルカ先生は何か書き付けていた。満足げな横顔をちらりと見て、私も仕事の続きを始める。鉛筆の走る音にそっと耳を傾けた。
(やっぱり、イルカ先生には敵わないや)
教師になって尚、こんな風に言われるなんて思わなかった。でもその言葉が嬉しかった。私もアカデミーの一員なんだと再確認出来た気がして。
*
自宅に戻って、自分の部屋に行くと、私はすぐに机に腰掛けた。封筒と便箋を取り出して手紙を書き始める。アカデミーのこれからの授業予定を確認したから、時間の取れそうな日をいくつか記した。
次の行を書こうとして、そこで筆が留まった。
(すぐにでなくてもいいって言ってたけど…)
昨日、テンゾウさんから気持ちを聞いた。
私の想いも同じだったから、その場で答えようと思っていた。だが残念ながら、彼は召集を受けて、立ち去ってしまったのだ。
いっそ、手紙に書いてしまおうかとも考えたけど、結局止めた。やっぱり直接会って伝えたい。
(…会いたいな)
気持ちだけが先走っている。
それでも私はいつものように、簡単に近況と無事の帰還を願うことを書き添えて、便箋を封筒に収めた。
ベランダに出て、こんこんと巣箱を叩くとマシロが顔を覗かせる。封筒を差し出して囁いた。
「これをテンゾウさんまで届けてくれる?」
マシロは封筒をくわえて、白い翼を羽ばたかせた。そうして、ベランダから飛び立つ。その姿をしばらく目で追った。
「よろしくね…」
彼は暗部だ。
任務内容は、謎に包まれている。きっと会えるのはずっと先のことになるだろうと予感した。
(テンゾウさん…今どこに居るんだろう)
本当のことを言えば、今すぐにでも会いたいのに。
私はそっと溜息をついて、部屋へと戻った。