第38章 伝えたかったこと
もう飛び去ってしまった白い鳥の行方を探す。
けれど、晴れ上がった空には何も見えなかった。
柵に両手を載せて、遠くを見つめる。不意に溜息が零れ落ちた。
(どうしよう…私だって)
しばらく俯いていると、肩に乗っていたマシロが羽根をばたつかせた。
「マシロ、急にどうしたの?」
不思議に思って話しかけた時、下から声がした。
「ナズナさん」
聞き慣れた声に反応して、ベランダから身を乗り出した。階下に忍び装束の人がいる。私は驚いて、彼の名前を呼んだ。
「テンゾウさん!」
「そっちに行ってもいいかい?」
テンゾウさんがこちらを見上げた。
「え、ええ…」
戸惑いつつも答えると、彼は瞬く間にベランダに降り立った。
肩をさらした忍び装束に、忍び刀を背負っている。両腕には籠手(こて)が装着され、左の二の腕には小さく刺青があった。
「その忍び装束は……」
両手で口元を覆う。見たことのある出で立ちだった。任務受付で、アカデミーの校庭で、屋根伝いに駆け抜ける姿。
(暗部?)
瞬きも出来ずに、私は彼を見つめていた。
テンゾウさんは顔の回りを覆うような、独特な形をした額宛てを着けている。何も言えずにいると、彼は困ったように笑った。
「そんなに驚かなくても」
「そんな、まさかと思って」
手を下ろして彼の近くに寄った。見上げれば、栗色の髪に黒目の多い瞳がある。
「ずっと言えなかったんだ。……黙っていて悪かったね」
「どうして?」
そう尋ねると、彼は視線を落とした。
「そうだね。所属先の都合上、なるべく知られない方がいいということもあったけど」
「……本当はそれを告げることで、君が離れていってしまうんじゃないかと怖かったんだ」
「そんなこと…」
じっと見つめていると、彼は顔を上げた。
「僕はね。君にとても話せないような酷い行いもしてる。任務とは言え、それこそ十年以上も」
「で、でも、それは里のための任務じゃないですか。私だって、それくらい分かっているつもりです」