第37章 悲しみにくれて
テンゾウさんは献花台に置かれた菊の花束に手を添えた。そうして、ぽつりと呟く。
「きちんとお別れを言いたかったんだ。……僕は、三代目火影様には本当に世話になってね。それこそ幼い頃から、今に至るまで」
視線を落としたまま、テンゾウさんは独り言のように話した。
「それなのに……僕は何も出来なかった」
彼の顔が苦し気に歪んだ。
「もしかして、あの会場に行ったんですか?」
「うん、戦闘が激化していると仲間に聞いてね」
「だけど…強力な結界が張られて、誰も中には入れなかったって聞きましたよ。手を貸すことは出来なかったって」
「……」
テンゾウさんは花から手を離した。
呟く声は更に小さくなり、微かに聞き取れるほどの音量になる。
「……僕は、三代目に恩を返せたんだろうか」
彼は一人静かに思いを巡らせた後、こちらを向いた。
「ナズナさん、僕はもう少し三代目にお別れをしていくよ。君は帰った方がいい」
テンゾウさんは、片手で私の髪にそっと触れてすぐに離した。
「随分と雨に濡れてる。風邪を引くから」
髪を切ったんだね、とまた小さく囁いて、彼は雨雲で覆われた空を見上げた。
*
私は何も言えず、彼の傍にただ佇んでいた。一人になりたいのだろうと感じたけれど、何故か彼を一人にしたくなかった。
テンゾウさんは花にまた手を添えて、黙り込んでいる。お線香などは尽きていて、供えられる状態のものは見当たらない。それで私はハッと思いついた。
(せめて花があれば…)
「テンゾウさん、まだここに居ますよね」
「そのつもりだけど……。ナズナさん、どうしたの?」
「少し待っていて下さい。すぐ戻ります!」
驚いた顔をする彼にそう告げて、私はすぐに走り出した。