第37章 悲しみにくれて
階段を駆け下りて、木ノ葉茶通り商店街に向かう。
たどり着いたのは山中花店。
店先は片付いていて、いつもある色とりどりの花は見えない。けれど、まだ戸口は開いている。店を覗き込むと、喪服姿の山中さんがいた。
「やだ、ナズナ先生じゃないですか。どうしたんです?そんな血相変えて」
金色のポニーテールが揺れる。彼女は青い瞳を大きく見開いて、店先まで出てきてくれた。
「こんなときにごめんなさい。あのね、白い菊の花ってもうないかな?」
「菊の花って……今日お供えしてあったようなものですか?」
「うん、そう」
彼女は小首を傾げて考えた後、店の奥に行って確かめてくれた。戻ってきた時には、白い小さな蕾がついた菊を二本手にしていた。
「店もとりあえず開けてただけだから、品切れなんです。こんなものしかなくって」
申し訳なさそうに、葉ばかりの菊を見せてくれた。
「これ、譲ってもらえる?」
「え?いいんですか?こんなもので」
「いいの」
私がさっと受け取ると、山中さんは不思議そうな顔をした。
「でも先生…葬儀に参列してましたよね。それ、どうするんですか?」
「うん、葬儀に遅れた人に偶然会ってね。その人に渡すのよ」
——花をあの人に。
受け取った菊を両手で握る。
「ありがとうね。また」
私はお礼を言って、また来た道を急いだ。
*
通りを走り抜け、階段を駆け上る。菊の花を両手で抱えて広場に戻る。
先ほどと同じ場所に、テンゾウさんが一人佇んでいるのが見えた。乱れた息を整えて、私はゆっくりと彼に近づいた。
「テンゾウさん、これを」
白い小さな蕾が三つついている菊。その一本を彼に差し出した。
「……どうか火影様に」
微笑みながら見上げると、彼は一瞬驚いた顔をして菊の花を受け取った。
「どうしたんです?これ」
「花屋さんを訪ねて、譲ってもらったんです。やっぱり、何か形になるものがあった方がいいような気がして」
「…ナズナさん」
テンゾウさんは目を細めて私を見た。菊に目をやり、ふっと笑う。
「……ありがとう」
テンゾウさんは前を向き、献花台にその花を供えた。花に目を落とした後、そっと目を閉じる。
私の手にはまだもう一本、葉ばかりの菊が残っていた。それを同じように手向けて、火影様に感謝と別れの言葉を心の中で呟いた。