第36章 救いの手
僕は構えていた刀を鞘に納め、倒れている女性の前に膝をついた。体を抱えて仰向けにさせる。それは、良く知る人だった。
(ナズナさん?)
最悪の事態を想像して、ひやりと肝が冷えた。鼓動が早まる。
何故か彼女は、クナイを右手にぐっと握りしめたまま離さないでいた。
(まさか!)
ぐったりとした彼女を見て、僕は慌てた。そっと地面に寝かせて、急ぎ心拍数や、体に残る傷跡を確認する。どうも致命傷はないようで、脈は弱まっているもまだ息はあった。
(良かった…)
突然早まった鼓動が徐々に収まっていく。固くなった指先をほぐし、ゆっくりとクナイを手から外す。そうして、僕は彼女をまた抱きかかえた。
僕は、彼女の顔にかかった髪を手で直した。見ると髪が一房切れており、ナズナさんの頬に切り傷が残っている。滲みだしている血を布で抑えると、痛むのか彼女は少し顔を歪めた。
(一体…)
僕が仕留めた敵以外は、概ね中心部へと向かっていったようだった。辺りを見回して他に敵がいないか、再度確認する。
頭を支えて抱きかかえたまま、しばらく彼女の様子を見ていた。すると、ナズナさんがふっと目を覚ました。ぼんやりとした目で僕を見上げてから、周囲を見渡す。
「あの、生徒たちは…。里の人は…」
彼女は掠れた声で僕に尋ねた。何とか体を起こそうと頭を上げている。
(一人で足止めを?なら、あの口寄せ獣は味方が出したものか)
(救助のための口寄せだとすると……)
そこまで推測して結論を出した。負傷者を運んでいるのかもしれない。
僕が黙ったまま、火影岩の方向を指さすと、彼女がそれを目で追った。
大きな黒い影はかろうじて目で追えるほどに遠ざかっていた。予想が当たっていれば、避難所を目指しているはずだ。もう少しで到着する距離まで来ている。
「良かった…」
ナズナさんは安心したのか、体の力を抜いた。僕の手にまた重みがかかる。もう一度全身に力を入れて、彼女は上体を起こした。
「ありがとうございます。助けてくださって」
まだ息のある敵の忍を木遁で拘束していた。今は皆、完全に気絶してしまっている。その様子を見て、彼女は息を吐いた。
「これは…貴方が?」
起き上がった彼女の背に手を添えて、僕は頷いた。