第32章 優しい時間
しばらくして、テンゾウさんが口を開いた。
「そう言えば、ナズナさん」
「はい!何でしょう?」
驚いて上ずった声を上げると、テンゾウさんが笑った。先ほどの影は和らぎ、いつもの穏やかな顔に戻っている。
「がんばるって、前の手紙にあったけど、何のこと?」
「え?」
「内容は書いてなかったから、ちょっと気になってね」
テンゾウさんはカップを座卓に置いた。胡坐をかいた姿勢で、興味深そうに私の顔を覗き込む。
「うーん。それは…」
私は最近始めた口寄せの修行について、テンゾウさんに話した。あれからまた少しずつ進歩して、より大きな熊が口寄せ出来るようになっている。
口寄せが出来る時間が短い理由も、何となく肌で分かってきたところだ。問題はチャクラコントロール。だから、母に教わった医療の技術も進歩しなかったのだ。
「なるほど。それじゃ、あの手合わせのときに?」
「ええ。夕日紅さんって担当上忍の方なんですけど…彼女は父のことを知っていて、武器になるものは増やした方がいいと勧められたんです」
「そうか。君のお父さんは口寄せを…」
「はい。もう亡くなりましたけど」
説明する内に、私は父のことについても話した。
俯いて呟いてから顔を上げると、テンゾウさんが驚いた顔をしている。
「そんな…。僕はてっきり、今も一緒に暮らしてるものだとばかり…」
「あ、そうか。特に話してませんでしたね。実は、九尾事件のときに襲撃であっという間に」
微かに笑って、私は一口お茶を飲んだ。
十年以上前のことなのに、やはり父のことを考えると寂しさが募る。
「前向きな人だったんで、その頃の口癖ばかり覚えていて…ふふ」
「そう…」
テンゾウさんは目を細めて私を見ていた。
特に励ますでも大袈裟に慰めるでもなく、私の訥々(とつとつ)とした話をただ聞いてくれている。