第32章 優しい時間
テンゾウさんは、影の残る顔で微かに笑う。
とても寂しげな表情をしていた。
「もう一杯お茶を入れてくるよ」
彼は空のカップに気付き、台所へと向かっていった。
彼の根深い疲れを目にして、私はそろそろお暇しなくてはと考えた。こういうとき、力になれることがあればいいのにと歯痒く思う。
もぞもぞと体を動かして、手提げ袋を手に立ち上がろうとした。すると、テンゾウさんが戻ってきた。
「あれ?もう帰るのかい?」
「何だか長居しても悪いかと思って…」
テンゾウさんは、湯気の出ているカップを私の前にそっと置いた。
「そんなことないよ。僕は、今日は一日空いているから構わない」
「でも、疲れてるみたい」
ちらと目を向けると、彼は腰を下ろしてから顔を手でさすった。
「そう?それほどでもないんだけど。おかしいな」
「大変な任務だったんじゃ…」
カップを手に取り、私はテンゾウさんを上目遣いで見る。彼は曖昧に笑っており、どこを見ているのか分からない真っ暗な瞳になった。
「ああ…そうだね。今回は堪えたよ」
低い声で囁いて、彼はお茶を一口飲んだ。
(任務のせいだったんだ。一体どんな…)
いつもの穏やかな表情に暗い影が差す。
こんなにも彼の雰囲気を変えてしまう任務とは、一体どんな内容なのだろうと気になった。だから、連絡もなかったんだと納得する。
「…そうですか」
それでもそれを聞くことは出来なかった。
口を開きかけて、私は口をまた閉じた。
また沈黙が室内を支配する。静けさの中、私はぼんやりと温かいお茶を口に流し込んでいた。