第29章 奮起
「失敗……」
現れたのは、違う熊だった。大きいけれど、人の言葉は話さない。
「ありがとう、来てくれて。でもあなたじゃないの」
何か命令を待っているような姿に謝って、私は持っていたりんごを差し出した。
私たちの口寄せ獣の報酬は、熊の好物である果物や蜂蜜となっている。大きさによって、報酬の量は増え、父の口寄せでは蜂蜜の入った壺、二十や三十は要求される。
まだそこまでの大きさの者は、呼び出せないから、りんごなどの果物でしばらく凌ぐことにした。
遅ればせながらの私の修行は、まだ始まったばかりだ。
*
「名前、ですか?」
「はい。あの子の名前を聞き忘れて」
数日後、テンゾウさんと会う機会があり、預かっている鳥のことを聞いた。文具店で落ち合い、二人でノートやら筆やらを購入した後のことだ。
文具店のおじさんに、親しげな様子をこっそり指摘されて恥ずかしくなり、そそくさと店を後にする。彼には、私がテンゾウさんに一目惚れしたことがばれているのだ。
今日は昼下がりに待ち合わせをしたので、お茶でも飲もうと甘味処へ向かう。
「特には……」
歩きながら、テンゾウさんは考え込んでいた。
「もしかして、つけてないんですか?」
「うん。不都合はないんでね」
そう言って、申し訳なさそうに笑う。
「何なら、ナズナさんに付けてもらえれば」
「え?いいんですか?」
「僕は構いませんよ。確かに呼び名がある方が識別しやすいですし」
思いも寄らず、命名権を委ねられた。