第29章 奮起
「ねぇ、私にも世話させて頂戴よ」
「だめだめ!お母さん忙しくて、餌やり忘れるじゃない」
「何よ、自分ばっかり」
母は不満げに、手に持っていた湯呑みを置いた。
両親は、特に父は口寄せで獣と契約を交わしていたのもあり、動物が好きだった。
母も同様で、任務で家を出たときに、窓辺から飛び立つ白い鳥を目聡く見つけたらしく、度々この鳥について聞いてくる。
「名前は?ないの?」
「そっか…そう言えば、聞いてないな」
預かるとき、テンゾウさんは何も言わなかったはず。今度会えたら聞いてみようと、私は思った。
「ところで、お母さん。口寄せの契約って、今でも有効なのかな」
「どうしたの、急に」
「ちょっとね。またやってみようかなと思って」
今まで上手くいってなかった口寄せの修行。紅さんとの手合わせを機に、再開を考え始めていた。少しでも時間を伸ばすこと、父と同じ口寄せ獣を呼び寄せること、それが目的だ。
「契約の巻物も保管してあるし、ナズナが引き継いだでしょ。契約した人が生きている限り大丈夫なはずよ」
「そう。じゃあ」
椅子から立ち上がった私を、母が嬉しそうに見上げた。
「ふふ」
「何?」
「何があったのか知らないけど、最近妙にやる気満々ねぇ」
「そんなことないよ。教え子が頑張ってるの見たら、私だって負けてられないじゃない?」
拳を握る私を、母が笑いながら見ている。
「そうね。その意気よ」
*
そして私はアカデミーの業務が終わったら、演習場を訪れるようになった。仕舞い込んだ口寄せの契約書を、ごそごそと引っ張り出してきて手にしている。
地面に巻物を広げると、父と私の名が並んでいた。名前の下には、血で契約印が押してある。
今までに契約した最上位の獣を召喚出来たのは、十回だった。その内半分は父が一緒にいた。
口寄せ獣は「黒王」と言う名の、巨大な黒い毛をした熊だ。
頭上遙か上から、緑がかった黒い目で見下ろされ、震えながら父の背に隠れていたことを思い出す。
「よし!」
親指を噛み、傷を付ける。印を結び、にじみ出た血を地面に擦り付ける。ありったけのチャクラを手から放出して、名前を呼ぶ。
「口寄せ……黒王!」
白い煙と共に、大きな獣の気配が生まれる。ゆらりと現れた姿を、私は目を凝らして確かめた。