第29章 奮起
しばらく考えた末、私は彼に伝えた。
「それなら……そう、『マシロ』はどうでしょう」
「マシロ?」
「ほら、あの子の羽根って、雪みたいに真っ白ですよね!」
わかりやすくていいのでは、と目を輝かせて言うと、テンゾウさんは目を見開いた。そして、俯いてしまった。
「あれ?テンゾウさん、どうしました?」
「ふっ…」
覗き込むと、必死に笑いを堪えている。
「あ、ちょっと!何笑ってるんですか!」
「いや、君って、そのまんまなんだなって思って…」
テンゾウさんは、あははと明るく笑って、目尻の涙を手で拭っている。
「いやだ、笑い過ぎですよ!」
途端に恥ずかしくなり、顔がカッと熱くなった。
「ごめん…悪気はないんだけど」
一呼吸置いて、テンゾウさんは続けた。今度は私を優しい目で見つめてくる。
「僕は、君のことをまだあまり知らないけど……何だか、ナズナさんらしいなって思ってね」
「私らしい…?」
「ええ」
「あなたらしい」ということは、いい意味でも悪い意味でも使う。テンゾウさんの言葉は前者のようで、温かく私を包み込んだ。そのままでいいと言われているようで、少しこそばゆい。
じっとその瞳を見つめていると、彼が目を細めた。
「マシロにしましょうか。僕もそれがいいと思う」
「……はい」
彼に真っ直ぐ見つめられると、私は何も言えなくなってしまう。いつの間にか着いたお店の暖簾を、私は彼に続いて潜った。