第5章 記録
彼はふと話題を変え、紙面の内容に触れた。
「何か、図面みたいなものが見えたけど。本当にそれ、日記か?」
問われて答えに困った。水筒を仕舞い、ずらしていた仮面を元に戻す。
「そうですね…個人が特定出来ることは書かないようにしてますから…ほとんどが書物や雑誌の内容の写しです」
「それやってて、面白いの?」
「考えたこともないですね」
淡々とした答えに呆れたのか、彼は無言になった。さすがに説明不足かと、それらしい言葉を探して繋げてみる。
「言ってみれば、僕が僕であるために、と言いますか…」
「ますます謎だな」
「先輩が度々慰霊碑を訪れるのと、同じですかね」
彼は、殉職した友人を忘れない為に、常にその名が刻まれた慰霊碑の前で考えることを習慣としている。
「生きているということを確認する作業です」
「ふうん。そういうこと」
何とか紡いだ言葉で、彼は納得してくれたようだ。少し俯き、溜息とも笑いとも取れる息を漏らした。
「お前が言うと、結構重いな。まぁ、言わんとすることは分からなくもないけどさ」
彼はそう言って、軽く肩をすくめた。
「これ、先輩に言って良かったのかなぁ」
「別に構わないでしょ。ただの趣味の話だろう?」
「まぁ、そうですね。書いているのもこのノートを使ってるのも、知ってるのは文具店のご主人だけですし」
ぱたんとノートを閉じて、荷物の中に仕舞おうとした。その時ふと、ある顔が脳裏に浮かぶ。そう言えば、自分の冗談を本当に楽しそうに笑ってくれた人がいた。
ふっと口元が緩み、誰に言うともなく呟く。
「…もう一人いたな。これを気に入ってるって知ってる人」
その明るい笑顔を、何故か僕ははっきりと覚えていた。彼女の名前すら知らないのに。