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明日晴れたら

第26章 恋心



考え込んでいる内に、熱いお茶はすっかり冷めて温くなってしまった。それを一口飲んでまた自分の手を見た。


彼に初めて手を触れられて、それだけで心をぎゅっと掴まれたような気持ちになった。あの黒い瞳を思い出すと、胸は何かが詰まったみたいになる。私は何度か深呼吸をしたけれど、息苦しさは消えなかった。


(話すタイミングを計るって、どんな内容なんだろう?)

そのときふと、ある日見た暗部の人影が頭をよぎった。

しばらく前、校庭で仮面をつけた人物を私は見かけた。イルカ先生と校内を見回っていたときのことだ。

屋根から屋根へと進んでいたその人は、私の視線に振り返った。肩をさらした忍び装束に、忍び刀を背負った人。

遠目ではっきりとはわからなかったけど、あの衣装は、任務受付で見た暗部の人と同じだったはず。


話せない事情、見えない私生活、隙のない動き。
もしかしたら…。


(そんなわけないか…)

そこまで考えて、私はその考えを打ち消した。
じっと見たら振り返るのは当然だし、自分には、彼らが遙か遠い存在のように思えたからだ。出会うことすらないだろうと。


胸のつかえを取りたくて、また息を深く吸って吐く。

信じる気持ちを持とうと思っている。
彼にどんな秘密があったとしても、揺るがない自信が今はほしかった。

けれどその気持ちは、明るく進んでいく子供たちを見守るときのように、真っ直ぐに相手に向かってくれない。右へ曲がり左へ曲がり、まるで迷路に迷いこんだよう。
 
(ああ、そうか。私……)

恋は、甘いばかりではないと改めて思う。
テンゾウさんへの想いは、一目惚れという一瞬の感情から始まったけど、一歩進むごとに自分の中に根付いていく。

私はお茶を飲み干して、円卓に上体を預けた。頬を机の上につけてみる。木製の机は、表面はひんやりとしているけれど内側は温かい。

目を閉じると、テンゾウさんの瞳が声がよみがえる気がした。

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