第22章 手紙
個人的な悩みはさておき、アカデミー内は忙しくなっていた。
中忍試験の準備が少しずつ始まり、普段の仕事に加えて、書類の確認などが増えてきたからだった。
もう夕方になるが、職員室にはまだ私しか戻っておらず、教師陣は皆出払っている。
同僚の女性教師の机には、今は小ぶりなユリの花が活けられている。彼女は授業中なのか、今席にはいない。
右隣でギシッと椅子が軋む音がした。
「あ、イルカ先生。授業終わりましたか?」
「ええ。今日の授業はここまでですね。やっとひと段落つきました」
イルカ先生は、こちらを見て言った。その後口元に手をやり、ぶつぶつと何か言い始めた。
「…後は残務処理と明日の準備か…ああ、それから見回りをしないと…。書類の確認も一束、明日の昼までにやって…はぁ」
この後やるべき事柄を、イルカ先生は復唱しており、今日は随分と忙しいようだった。
「今日は担当が多いみたいですね。見回り、代わりましょうか?」
溜息をつくイルカ先生を覗き込み、そう言ってみる。すると、彼はハッとしてこちらを見た。
「うわ。俺、声に出ちまってましたか…。面目ない。中忍試験の書類確認も頼まれてたんで、つい」
「ふふ、思い切り出てましたよ。話しかけられたかと思ったくらいですから」
それを聞くと、イルカ先生は一瞬赤い顔をした。片手で顔を覆い、ふぅと一息吐いている。
「いやぁ。それはお恥ずかしいところを…。でも大丈夫ですよ、これくらい。ナズナ先生もお忙しいでしょうから、俺のことは気にしないでください」
きりりと表情を変えて、イルカ先生はそう言った。前を向き、「よし」と気合を入れている。机の上には山積みの紙の束があり、それは溜息も出そうだと思い、ちらりとそれを眺めた。
イルカ先生はアカデミーでの信頼も厚い教師だ。そのため、任される業務も多い。
私の机の上にも、いくらか紙の束がある。
早めに片付けて彼の手伝いが出来ればと、私も書類に取り掛かった。