第13章 一日奥方2 【三成】
「亡くなった方はいなかったのでしょう」
「ですが、おめおめと恥をさらすわけには」
「信長様たちも、安土城の皆さんも、家臣の方々も、そうは思ってない。みんな三成くんを理解し心配してる」
「‥‥皆さまに優しくして頂く資格はありません‥‥。名無し様にも‥‥。お気持ちだけ頂戴します。どうかお帰りください」
「もう。さっき、よろしくしたばかりなのに」
名無し様はふわりと笑い、部屋を出られた。
これでいいのです。
ところがしばらくして、名無し様は盆を手に戻られた。
「朝餉食べましょう。 私、何も食べてないの。お腹空いちゃったな」
あっけらかんと笑っておられる。
「‥‥いえ‥‥私は結構です‥‥」
「あなたが食べないなら、妻の私も食べません」
「名無し様‥‥」
「美味しそう。さあどうぞ」
名無し様は匙にお粥をすくい、私の唇にあてがった。
「そんな‥‥名無し様に食べさせて頂くなど‥‥」
首を横に振ると、名無し様の愛らしいお顔が悲しげに曇る。
仕方ない。
名無し様には逆らえませんね。
口を開いて粥を流し込む。
己の心臓の音がやけにうるさくて、味などわかるはずもありません‥‥。
名無し様は小首をかしげてまるで花のように微笑みながら、白い細い指で匙を持ち、また私の唇にあてがう。
その仕草ひとつひとつまで愛らしい。
名無し様の一挙一動に目を奪われながら、結局、完食してしまいました。
食べ終わったら、久しぶりに体の中心が温まったような。
「ちゃんと全部食べてくれて、本当に良かった。これを作ってくれたのは政宗なの」
そう名無し様が言った時、突然襖が開いてズカズカと入ってきたのは政宗様。
「おっ、全部食べたな!胃に優しいものにしといたぞ」
「私ごときに、このようなお気遣い‥‥勿体ない」
「またそんな事を言うの?」
やんわりと鈴のような声で否定される。
「そうだぞ。いいから元気出せ。湯浴みでもしてこい」
政宗殿に腕を掴まれて強引に引きずられる。
「いってらっしゃい」
名無し様はひらひらと手を振った。