第11章 恋慕3−2 花の裁き ヤンデレEND【家康】R18
驚きすぎて身動きができない名無しの顎を、長い指が掬いあげて顔を上向かせた。
真紅の瞳に捉えられて畏怖が極限に達し、生きた心地がしなかった名無しだが、次第に怖さが消え不思議と心が凪いでいく。
「命を懸けて、貴様が選んだのならば…」
その言葉の意味はわからなかった。
けれども次第に胸が温かくなっていく。
信長の慈しみが流れ込んでくる気がした。
(どうして…?)
「心のままに生きろ。貴様がこの世にいる限り、俺に幸運を呼び込む存在なのは何ら変わりはない」
「はい…」
ようやく出た言葉とともに、涙が一粒零れた。
天主を後にして、武将たちが集まっている広間に向かう。
皆、回復した名無しの姿を見て大いに喜び、彼女を囲んで次々に声をかける。
「良かったなぁ、本当に。どれだけ心配した事か…」
「ごめんなさい…秀吉さん…」
名無しは皆の勢いに戸惑いながら、家康からあらかじめ聞いていた武将たちの情報と目の前の人物を、頭の中で必死に照らし合わせていく。
「記憶が無くなったって、また一から覚えればいいだけだ、心配するな。わからない事は何でも聞けよ」
「ありがとう…政宗…さん」
「政宗でいい」
「うん」
「おかえり、名無し様。早く病気が治りますようにって、僕、毎晩祈ってたよ。ある格式の高い僧侶様にも祈祷をお願いしたんだ」
「…蘭丸くん…ありがとう。おかげさまで元気になれたよ」
武将たちと一通り会話を交わし終わった頃に、いつの間にか現れた光秀が名無しに近づく。
「さ、名無し、そろそろ帰ろうか。俺の御殿に」
「…帰る?…光秀さん…の御殿に?どうしてですか?」
名無しは首をかしげる。
「悲しいなァ、俺と恋仲だった事さえも忘れてしまうとは。あんなに深く愛し合ったのに」
「そんな訳無いでしょう。何をデタラメ言ってるんですか」
家康が割って入ると光秀はクックッと笑った。
「冗談だ。あわよくば、は無いか」
光秀は屈んで名無しと目線を合わせる。
「気をつけろよ。お前の記憶が無いのをいいことに、こんな風に騙そうとする悪い男がいるかもしれない」
呆然とする名無しの頭をポンポン、と優しく撫でてから踵を返して去って行く背中を、家康はじっと見つめた。