第9章 恋慕2 暴かれた心【家康】
「大丈夫?」
「‥‥」
名無しはこくんと頷いたが、到底そうは見えない。
「俺を好きになる事が許されないってなぜそう思うの?」
彼女の思いが自分にあるのを確かめた今、自然と優しい声になる。
「信長さまが‥‥」
(当然、そうだよね‥‥)
「信長さまが知ったら‥‥」
本能寺以来、信長は名無しを幸運を呼び込む存在だと公言し、常に側に置いて離さなかった。
周囲からは寵姫だと思われている。
強引さ、時に冷酷さに戸惑いながらも、信長が注いでくれる愛に名無しは深く感謝していた。
それを受け入れて、自分も精いっぱい愛してお返ししよう、そう思っていた。
戦乱の世で生きていけるのは信長が守ってくれているから。
だけど、名無しの心には惹かれてやまない存在がいた。
指南を受けたり、戦場で一緒に救護にあたったり、家康と接するうちに彼がクールで現代的な考えを持つ事を知った。
独学で医術を追及し怪我や病気を治し、命をも救う叡智に憧れた。
そして表には見せないが、実は誰よりも努力を重ねている事を知り尊敬していた。
心の底にある燃えるような情熱にも、ふと見せる優しさにも惹かれた。
でも、それを信長が知ったら‥‥。
だからその思いはずっと心に秘めていた。
「家康にどんな処罰が下るか…そんなの耐えられない‥‥。ずっと築いてきた信長さまとの兄弟みたいな関係が‥‥私のせいで壊れたら!‥‥」
絞り出すような悲痛な声。
肩がさらに大きく上下し、呼吸もとても苦しそうだった。
「名無し、大丈夫。ゆっくり息を吐いて‥‥そう…次は吸って…いいよ、ゆっくり……」
自分のせいでこんなに苦しませて悪かった、そう思いながら、名無しの背中を大きく優しくさすり続け、落ち着いた声で語りかけた。
「俺は罰せられたっていいよ。気持ちを抑えられず、名無しに無理に手を出したのは俺だ。すべて受け入れる。それに、どんなことだって状況がいつまでも同じとは限らない。信長さまの気が変わるかもしれない。いつか許してくれる時が来るかも」
名無しはゆっくり呼吸を続けながら聞いていた。