第34章 天女のノート ーお狐さまと未来から来た天然姫ー 【光秀】
『貴様、天下人の女になる気はないか』
あの時の、織田信長さまの言葉が頭の中でグルグル回る。
光秀さんがここへ来た目的がようやくわかった。
私を安土の信長さまの元に連れ戻すため。
もちろん、護衛だなんて嘘だろうとは思ってたけど、私を狙った人たちと同じように、攫おうとして近づいたなんて…。
あの優しさ
涼やかな目と冷たい手が与えてくれた心強さ
一緒にいると心地よかった空気感は…すべて偽りのもの…?
そう思うと心がズンッと重くなり、そして恐ろしくなって全身が震え出す。
「何だよそれ!はいそうですか、なんてみすみす渡せるわけねーだろ!」
「おいで、名無し。一緒に帰ろう」
幸村の怒号をよそに振り返った光秀さんが、流れるような動作で私に手を差し伸べると、
「ふざけんなっっ!!名無しから離れろ!!」
怒りと殺気を増した幸村の手が、刀の柄にかかる。
どうしよう…このままじゃ斬り合いになる…!
後ずさると、くらりとめまいがして膝から力が抜けた。
「名無し?!」
倒れこんだことに気づいた幸村が呼びかけたのと同時に、光秀さんの腕でがっしりと背中を受け止められた。
「大丈夫か…!」
光秀さんは私の顔を覗き込む。
前髪の隙間から見える目には、心配が色濃く浮かんでいた。
「……」
強い衝撃から震えてしまって何も言えないでいると、そっと膝の裏をすくわれ、横抱きに抱え上げられる。
光秀さんはかすかに眉根を寄せて、そのまましばらく私を見つめていた。
………
………………
「…なかなか難儀だな…気を病ませることなく連れ去るというのは…」
「え…?」
小声で呟かれたその言葉。
はっきりとは聞き取れず、意味もわからないでいると…
光秀さんの顔に
とても淡くて
どこか切ないような
それでいて優しい笑みが浮かんだ。