第34章 天女のノート ーお狐さまと未来から来た天然姫ー 【光秀】
「心から奪うしかないな」
私を抱えたまま歩き出す。
「あ…」
どこに連れて行くんだろう?
何もできないでいると、光秀さんは幸村の側で立ち止まった。
「立てるか?」
と聞かれ、こくんと頷くとそっと降ろされる。
「名無し、大丈夫か?」
幸村が光秀さんの手から私を受け取り、背中を支えてくれた。
「早く連れて帰れ。そして休ませてやれ」
意外な言葉にはっと驚いて光秀さんを見上げる。
「それは、今は引き下がるっつーことか…?何かの罠じゃねーだろうな!!」
「幸村殿、どうかお静かに頼む。可愛い名無しを余計に怯えさせてしまう」
「この…!」
光秀さんはすました顔で幸村を煽り、楽しんでいるようにも見える。
「名無し、お前の行く先はお前が決めろ。いつでも安土へ来ていいぞ。俺と信長さまで存分に可愛がってやるから」
「……それ、怖すぎます。どうせ、いじめるってことでしょ?」
「まあな。お前をいじめると人間らしさを取り戻せる」
「ふふっ…。何ですかそれ」
好きだな、この感じ。
私は自然と顔がほころんでいた。
「少し元気が出たようで安心した。じゃあな、名無し。大事にしろ。また会おう、必ずな」
光秀さんは懐からチラリとノートを見せて、不敵に笑う。
そして私の頭を一撫でし、幸村に向き直った。
「幸村殿、どうかこの間抜け姫を護ってやってくれ。もっとも、次に迎えに行くまでの間だけだが。まあ、俺が護衛だと触れ回っておいたから、しばしの牽制にはなっているだろう」
光秀さんが行く先々で私の護衛だと言っていたのは、その為だったんだと思い当たる。
「それでは失礼する」
「次はただじゃ済まさねーからな!」
光秀さんは踵を返すと、背中を向けたまま手を振り、去っていった。
美しい夕暮れのグラデーションの中、小さくなっていく後ろ姿をずっと見つめ続ける。
不思議な人…
次に会うとき…それはどんな状況なんだろう…
彼がこの胸に残していったざわめきを、私は抑える術を見つけられないでいた。
終