第34章 天女のノート ーお狐さまと未来から来た天然姫ー 【光秀】
歴史に名を残す2人の武将は互いの出方を探り合いながら、ゆっくりと構えを解いていく。
キンッ、とそれぞれの刀が鞘に収まる音が響くと、私は少しだけホッとした。
だけど息が詰まりそうな緊迫状態は続いたまま。
「明智光秀っ!!なぜここにいる?名無しに近づいて、一体何をたくらんでやがる?この化け狐!」
「そのような言い方は傷つくぞ。俺はただ、そちらの大事な姫君である名無しの護衛を、自ら志願して務めていただけなのに」
光秀さん、この期に及んでまだそんなことを言って…
「馬鹿にすんな!!そんな戯言が通用すると思ってんのか!!」
案の定、幸村はさらに憤り、声を荒げる。
「戯言ではない。現に名無しは襲われた。俺が護らなければ攫われて、今頃どんな目に遭わされていたか。想像したくもない」
「襲われたのは、俺がつけた護衛を全員お前が倒して縛り上げたからだろうがっ!!」
そうだったの?
声高に叫んだ幸村の言葉に、私は驚いて光秀さんの背中を見つめた。
「心外だな。今日の姫の護衛は俺で間に合っているから必要ないと申し上げたが、聞き入れてもらえないので、強制的にお休みいただいただけなのに」
光秀さんはクックッと煽るように笑うと、さらに言葉を続ける。
「大体、名無しが狙われたのは今日が初めてではない」
え…?
「何だと?」
幸村も驚いた様子だった。
「ご存知なかったのだろうが、上杉謙信殿の寵姫だとあらぬ噂を立てられ、数日に渡り何度も狙われていた」
そうだったの…?
知らない間に光秀さんに護られていたの…?
「お言葉だが、大事な姫君を手薄な護りで外出させ、狙われているのも感知できないとはあまりに不甲斐ない。敵の立場でありながらも目に余り、護衛していた次第だ」
次第に強く、厳しくなっていく光秀さんの口調。
「くっ…」
幸村は悔しそうに顔を歪める。
「何しろ我が主君の命の恩人ゆえに、名無しは織田側にとってもかけがえのない存在。そちらで護れないのなら…」
目の前にある広い背中からでも、光秀さんの迫力とオーラが増していくのをビリビリと肌で感じる。
「――名無しの身柄、今すぐ貰い受ける。信長様が側に置くことを強くご所望だ」
低く凄みのある声に、私は心臓をぎゅっと掴まれたような衝撃を受けた。