第34章 天女のノート 【光秀】
やがて、光秀さんの切れ長の目をふちどる長いまつ毛が震え、そっと伏せられる。
そして沈黙が破られた。
「……もう……くだらぬ化かし合いは終わりだ」
「え?…」
瞼を上げた光秀さんの顔に、余裕ある笑みが戻る。
「…!!」
突然肩を抱かれ、引きずられていき……
驚きすぎて声も出せないまま、古い蔵に連れこまれた。
光秀さんは後ろ手で扉を閉め、私を見据えながらゆっくりと歩み寄る。
怖さからずりずりと後ずさると、背中が壁にぶつかった。
「お前はただの町娘ではない。さきほど旅籠で言っていたな、『信玄さまにかけはぎ職人を紹介してもらった』と。それほど武田信玄に近い立場か」
…!!
うっかりしてた、確かにそう言っちゃった…
「それに襲ってきた奴らは、お前を上杉謙信の寵姫だと言っていた。必死に否定していたようだが」
光秀さんはクックッと笑う。
「……」
もう言い逃れは無理だと悟った。
「は…はい…私は…春日山城でお世話になっています。上杉家ゆかりの姫として」
「やはりな」
両側についた光秀さんの手が檻のように私を閉じこめた。
薄暗い中、私を捕らえて光る2つの目。
距離の近さに、冴え冴えとした香のかおりが強くなっていく。
「私を…拷問するんですか?」
恐怖心から震える声でそう問うと、光秀さんの目が少し驚いたように見開かれる。
「お前を拷問?なぜ?」
「私が敵方の姫だから。口を割らせるために」
「拷問以外にも口を割らせる方法はあるぞ。試してみるか?名無し」
光秀さんに浮かんだ妖艶な笑みに、ゾクリとした。
まるで金縛りにあったように、身がすくんで動けないでいると、
光秀さんの指が乱れて顔にかかった私の髪をそっとかき分け、耳にかける。
その仕草は壊れ物に触れるみたいに優しい…
そのまま光秀さんの顔が近づく。
恐怖
それから、場違いで妙なドキドキ感…
全身が心臓になってしまったようにバクバクと大きく高鳴って、思わずギュッと目を閉じた。
「―――お前は何者だ?」
囁かれた低い声が耳に染み入る。
「で…ですから…上杉家ゆかりの姫として…」
目を開けてそう言うと、光秀さんの指に唇を封じられる。