第34章 天女のノート 【光秀】
「そんなことよりも」
光秀さんは路地の隅に置かれた何かを拾い上げる。
それは綺麗なユリや菊などの花束で、私に手渡してくれた。
「納品を急ぐぞ。日が暮れてしまう」
「これを買ってきてくれたんですか?」
「今日はこの近くに花売りが出ていたのを覚えていたからな」
「……ありがとうございます」
光秀さんは頷き、片手を差し伸べる。
私はそこに、今度は躊躇なく手を重ねていた。
光秀さんの手に力がこめられ、私が立ち上がる支えになってくれる。
そのひんやりと冷たい感触は何だか心地よかった。
出迎えてくれた旅籠の奥様は、光秀さんを不思議そうに見つめたけど、
「ただの護衛です。どうかお気になさらぬよう」
光秀さんはしれっとしていた。
「ああ……」
仕立て直したお父様の着物を広げて、じっと見つめていた奥様。
いとおしそうに生地をなぞっていく指先が、ある箇所でぴたりと止まった。
「あら、ここは…?穴があいていたのに、すっかり直って…」
「はい。信玄さまに腕の良いかけはぎ職人さんの話を聞いたことがあったので、紹介して貰って依頼したんです。……勝手なことだと思ったのですが…すみません…」
「いいえ…いいえ…!!」
奥様は大きく首を横に振り、
「名無しさん、本当にありがとうございました…!父が気に入っていた着物をきれいに直してくれて。おかげでずっと、長く着られます」
私の手を取ってお礼を言った。
それから着物を羽織り、
「ぴったりです。まるで父が一緒にいてくれるみたい」
はらはらと涙を流す。
思わず私まで泣きそうになりながら、その様子を見つめる。
持参したお花も喜んでくれ、早速仏壇に供えてくれた。