第34章 天女のノート 【光秀】
「最高だ、面白すぎるぞ名無し。狐を俺だと思って話しかけるとは…」
光秀さんは片手で顔を隠しながら、肩を小刻みに揺らして笑い続ける。
「だ、だって!こんなことって、ありますか?!光秀さんがいなくなって、そこにたまたまソックリな狐がいるなんて!!」
私がわめきちらすと、狐は4本の足で優雅に歩き光秀さんにすり寄っていく。
似た者同士の人間と動物が並ぶ光景は、この上なくシュールだった。
「ちまきだ、俺の後をついてきたらしい」
「え?!この狐、光秀さんが飼ってるんですか?」
また驚いた私に、
―――御殿に迷いこんできた野生の狐で、お腹を空かせてそうだったから、たまたま持っていたちまきをあげたらそのまま居つき、家臣が『ちまき』と呼び始めた
光秀さんがそう説明すると、ちまきは私の側に来て地面についたままの手にすりっと身を寄せた。
一瞬だったけど、ふわふわして気持ちいい毛並みの感触が肌に残る。
ケーン、と、もうひと鳴きしてからトコトコと去っていくちまきの後ろ姿を見ながら、しばらくぽかんとしてしまった。
「…間抜けな顔をしているな。『狐につままれたような顔』とはまさにこのこと…」
光秀さんはまだ笑っている。
白い頬には赤みが差し、ずっと完璧に取り繕われていた表情は緩んでいた。
その顔は先ほどまでとは違って、何だかとても人間らしく見える。
いきなり越後の城下町にあらわれ、飄々と近づいてきて、一体何を考えているのか全くわからない光秀さんだけど、
意外な笑い顔に単純な私の警戒心は緩みつつあった。
助けてもらったお礼を言ってから、
「……あ、そういえばあの人たちはどうしたんですか?」
そう尋ねると、
「気になるのか?」
光秀さんはすっと元の隙のない顔に戻った。
「ええ、それは」
「縛り上げて家臣に託した」
やっぱり家臣がついてきているんだ。
「…拷問…するんですか?」
「拷問?さあな、尋問ならするが。まあ、少々手荒にはなってしまうかもしれんが」
はぐらかそうとする感じの光秀さんに、
「拷問はやめてください。どうかひどいことはしないで!」
私が詰め寄ると驚いた様子で目を瞬かせ、
「ああ…わかった」
一応頷いてくれた。