第34章 天女のノート 【光秀】
なぎ払われた男の刀が、くるくる回って放物線を描きながら宙を飛んだ。
「あ…」
身動きできずにただ見つめていた私の、ほんの20センチぐらい前の地面に切っ先からグサッと突き刺さる。
危なかった…少しずれていたら今頃…
地面に刺さってもなお生きている勢いで、ビーンと横に振れ続ける刀身に、背筋が凍りついた。
「名無しっ!!下がれ!身を隠していろ!」
やや鋭い光秀さんの声が飛び、
「は、はいっ!」
私は慌てて体を起こす。
がくがくする足を必死に動かして角を曲がり、地面に落ちていた風呂敷包みを拾い上げて身をかがめる。
複数の敵に対して光秀さん一人。
強者とはいえ助けを呼んだ方がいいのかと思ったけど、聞こえてくるのは男たちの呻き声ばかり。
……………
やがてシーンと静かになった。
しばらく様子を伺ってから、おそるおそる裏路地に戻ってみる。
薄暗い中に悠然と立つ、白く発光しているような姿……
それに私は目を見張った。
光秀さんも、三人の男たちもいなかった。
そこにいたのは一匹の白い狐。
「……」
私は唖然としてその姿を見つめた。
たっぷりと豊かな毛並みで、耳の先から尻尾の先まで濡れたような艶を放つ。
大きなつり目は虹彩の部分が金色、細く長い鼻先は気位が高そうにスンッとしている。
『こんな噂もあるからな。奴は狐の化け物だって…』
幸村の言葉がふたたび頭をよぎった。
超常現象なんてぜんぜん信じない質(たち)だったけど…
この狐…似てる…。
私はしゃがみこんで、
「あ…あなたは…光秀さん…ですか?」
こわごわそう問うと、狐は大きな耳をピクリと動かし、ケーン、とひと鳴きした。
やっぱり光秀さんだ!
そう確信した時、
「名無し、落ち着け、それは俺じゃない…」
クックッと堪えきれない様子で笑いを漏らしながら、光秀さんが姿を現した。
「ひぁあっっ!!」
ビックリしすぎて思わず変な声を上げ、私は後ろに尻もちをついた。